※本コラムは、心理学者および臨床心理士によって、日常に役立つであろう心理学の知識を、毎月連載ものとして記載しています。無断の転載や複製は遠慮願います。

ユングの『タイプ論』の淵源をたずねて 5

1921年、精神医学分野の3冊の名著、出版される

今から95年前のことです。ヨーロッパでは、精神医学分野において、重要な書物が相次いで出版されました。その1冊が、C.G.ユングの『心理学的類型論〈タイプ論〉』、それから、ロールシャッハテストで有名な、H.ロールシャッハの主著『精神診断学』です。ロールシャッハテストは、インクのしみを用いた投影法のテストですので、今回はふれません。 今回話題にする類型論は、もう1冊、ドイツの精神医学者、E.クレッチマーの『体格と性格』でかれが展開したものです。また、米国の臨床心理学者、シェルダンの「類型論」についてご紹介いたします。

クレッチマーの類型論とその分類

クレッチマーの臨床精神医学にもとづく体格と性格の研究は、『体格と性格』の出版当初からたいへんもてはやされました。というのも、観察しやすい体格から目にみえない複雑な性格が一見簡単に分かるのではないかとおもわれた点が、専門分野を超えて、初版以来、たびたび改訂増補され、20数版まで版を重ねました。世俗的にも受け入れやすかったとかんがえられます。
クレッチマーの類型論は、臨床精神医学から出発しました。すなわち、多数の臨床事例の観察をとおして、精神分裂病(現在は、統合失調症とよばれる)と躁うつ病という2大精神病の患者とその体格との関連づけをおこない、それを一般人の性格へまで広げて考えたのでした。

肥満型×躁うつ気質 細長型×分裂気質
1 )社交的、善良、親切、明朗 1 )非社交的、静か、まじめ、変人
2 )ユーモア、活発 2 )臆病、敏感、神経質
3 )寡黙、平静、気が重い 3 )従順、温和、鈍感、無関心

という2つの性格のカテゴリーを設け、それを3群(1.2.3.)に分けましたが、それ以外にも、

闘士型×粘着気質
1 )変化や動揺が少ない。
2 )几帳面、秩序を好む、融通が利かない、粘り強い
3 )丁重
を加えてできたのが「体格・気質・性格」を関連付けたクレッチマーの3大類型です。
現在ではクレッチマーのこの学説は、古代のタイプ論としてあげたヒポクラテスやガレノスの四大体液-気質説と同様、「経験科学」の観点からは認められなくなり、性格理論の「類型論」の歴史のなかで語られるだけになっています。その性格の捉えかた自体のもんだいというより、時代の流れの中でうまれた学問の限界があったとかんがえられます。とはいえ、クレッチマーの類型学説は、病者から正常人まで包括する理論でしたので、具体的な(観察しうる)人を理解するときに有効な面もあるため、古典的な価値のあるものとされています。

シェルドンの「類型論」

体格と性格の関係については、クレッチマーのほかにも、有名なものを、もう一つ紹介します。米国の心理学者、W.シェルドンの研究です。  シェルドンの体型と気質の関係の類型は、クレッチマーのそれに似ていますが、クレッチマーの場合は、演繹的(理論優先)で最初の対象者が精神病者でしたが、シェルドンの研究は、正常者を対象とし、帰納的(具体的な事例から一般に通用するような原理・法則を導き出す)で実証的色彩が強いものでした。
 シェルドンは、人の行動には生物学的因子が決定的な意味をもち、それらの因子は体格の測定で得られると考えたのでした。ここでは、その測定のしかたについては割愛致しますが、シェルドンが考えた「類型」を、下記にかんたんにご紹介します。

内肺葉型(体格)×内臓緊張型(気質) 中胚葉型(体格)×身体緊張型(気質) 外肺葉型(体格)×頭脳緊張型(気質)
体格 内肺葉から発生した消化器系統が良く発達し、やわらかでまるい肥満型、筋肉の発達は良くない。 中胚葉から発生した骨や筋肉の発達がよく、直線的で重量感のある。 外肺葉から発生した神経系統や感覚器官、皮膚組織がよく発達し、消化器官や筋肉の発達は良くない。細長く貧弱。
気質 くつろぎ、安楽を好む、食べることを楽しみ、人の愛情を求める。 大胆で活動的、自己を主張し、精力的に活動する。 控えめで過敏、人の注意をひくことを避ける。安眠できず疲労感を持つ。


(以下、次号へつづく。)